業務委託で一番危ないのは、契約書より「運用」
働く人が労働者に当たるかどうかは、契約書の名前ではなく、実態で判断されます。主に見られるのは次のような点です。
| 項目 | 雇用と判断されやすい運用 | 業務委託らしい運用 |
|---|---|---|
| 仕事の依頼 | 店が割り振った予約を断れない | 受けるかどうかを自分で判断できる |
| 時間・場所 | 出勤日時を店が決め、遅刻を注意する | 営業時間と予約状況を踏まえ、協議で決める |
| 施術の進め方 | 手順を逐一指示し、マニュアルの遵守を強制する | 品質の基準を共有し、方法は本人の裁量に任せる |
| 雑務 | 受付・清掃・SNS更新を無償で割り振る | 委託の範囲に入れて報酬の対象にするか、頼まない |
| 道具・材料 | 店がすべて用意し、本人の負担がない | 負担区分を契約で決める(本人が用意する部分がある) |
| 掛け持ち | 他店での勤務を広く禁止する | 顧客情報の流用禁止など、守りたいものに絞る |
社会保険料の負担を減らしたいという理由だけで、働き方を変えずに雇用から業務委託に切り替えると、未払いの残業代や社会保険の遡りなど、関係がこじれたときにまとめて問題が表に出ます。
同じ「業務委託」でも、修正の方向は逆になりうる
事務所が修正した業務委託契約には、店側の指示の言葉づかいを弱めたものと、逆に店の統制を強めたものの両方がありました。
| 初版の書き方 | 修正後の書き方 | 狙い |
|---|---|---|
| 委託者が定めるマニュアルを遵守する | 委託者がお願い・共有するマニュアルを尊重し、遵守するよう努める。改善は協議のうえ行う | 指揮命令の色を薄め、労働者性の評価を下げる |
| 勤務日数・時間を定める | 時間帯の目安を共有することがあるが、裁量を制限するものではなく法的な拘束力はない | 時間の拘束がないことを明確にする |
| (記載なし) | 既存のスタッフと受託者の予約の優先順位は平等とし、空き枠を最小限にするよう配分する | 歩合制の受託者が予約を回してもらえない不安を解消する |
反対に、業務基準や接遇方針の遵守、シフト調整に応じる義務、制服の着用、スタッフからの一方的な解約の原則禁止などを加えた修正もありました。これらはお店の運営上の要望としては自然ですが、労働者性の判断では不利に働く要素です。書面の文言だけでなく、実際の運用で判断されることを前提に、どこまで書くかを決める必要があります。
報酬・歩合は「料率」より「売上の定義」が先
歩合制の報酬でもっとも揉めるのは、料率そのものより、何を「売上」とするかです。事務所が見てきた契約では、施術売上の30〜35%前後、指名・フリーの別と月間の技術売上の段階で40〜60%と変わる設計、店販売上は10%前後、といった例がありました。
- 技術売上だけか、物販を含むか。割引前の金額か、割引・キャンセル・返金を除いた実際の受領額か
- 税込か税抜か。消費税を報酬に上乗せするか
- 段階制の場合、料率を売上全体に掛けるのか、基準を超えた部分だけに掛けるのか
- 月の途中で契約が終わった場合の段階の判定方法
- 締め日と支払日(例:月末締め翌月20〜25日払い)、振込手数料の負担
- 材料費・道具・講習費・共益費(光熱費・消耗品)の負担区分
遅延損害金の利率を、店が払う報酬の遅れは年3%、スタッフが払う共益費の遅れは年14.6%、と非対称にした修正版もありました。契約は双方が納得して続けられることが前提です。公平性の観点から見直す余地がある設計といえます。
フリーランス法への対応
2024年11月1日から、特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス法)が施行されています。従業員を使用しない個人や一人社長の法人に業務を委託する場合、店側には次のような義務が生じます。
| ルール | 対象となる店 | 内容 |
|---|---|---|
| 取引条件の明示(3条) | 業務を委託するすべての事業者 | 業務の内容、報酬の額、支払期日などを、書面やメール等で直ちに明示する |
| 支払期日(4条) | 従業員を使用する店など | 施術などの役務の提供を受けた日から60日以内のできる限り短い期間内で支払期日を定める |
| 禁止行為(5条) | 従業員を使用する店などで、1か月以上の委託 | 報酬の減額、買いたたき、不当な経済上の利益の提供要請など |
| 解除・不更新の予告(16条) | 従業員を使用する店などで、6か月以上の委託 | 契約を解除する場合や、期間満了で更新しない場合は、原則として30日前までに予告する。求められれば理由を開示する |
| ハラスメント対策(14条) | 従業員を使用する店など | 相談体制の整備などの措置 |
表の「従業員を使用する店など」は、法律上の「特定業務委託事業者」のことです。個人であれば従業員を使用する者、法人であれば役員が2人以上いるか従業員を使用するものが当たります。ここでいう従業員は、週の所定労働時間が20時間以上で、31日以上の雇用が見込まれる人とされています。
事務所が過去に見てきたサロンの業務委託契約には、フリーランス法に触れたものが1件もありませんでした。施行前に作った契約書を使い続けている場合は、取引条件の明示や解約予告の期間が新しいルールと合っているかを確認しておきましょう。
お客様の帰属と、引き抜きの防止
スタッフが独立するときに一番問題になるのが、お客様と顧客情報の扱いです。事務所が修正した契約では、担当したお客様や業務で知った顧客情報(見込客・休眠客を含む)は店に帰属することを明記し、契約終了後もお客様への営業・勧誘・引き抜きを禁止する条項を加えました。SNSを通じた誘導や、個人取引への引き込みも、禁止行為の例として具体的に書いています。
競業避止は「顧客」を中心に、控えめな範囲で
契約終了後に近隣での開業を禁止する競業避止条項は、職業選択の自由との関係で、範囲が広すぎると公序良俗に反して無効とされることがあります(民法90条)。事務所が見てきた範囲の傾向は次のとおりです。
| 設計 | 期間・地域 | 評価の目安 |
|---|---|---|
| 狭く設計した例 | 終了後6か月・店から半径2km | 有効性を保ちやすい |
| 中程度の例 | 終了後1年・半径3km | 代償措置や守るべき利益の説明があるとよい |
| 広く設計した例 | 終了後3年・周辺の複数の市町村 | 過大とされる疑いがある |
| 講師の規約の例 | 終了後2年・日本国内 | 代償措置がなければ過大とされる疑いが強い |
守りたいものを明確にし、①顧客情報の帰属と秘密保持、②お客様の引き抜きの禁止、③控えめな距離・期間の制限、の順に積み上げるのが現実的です。「期間・地域・内容は合理的な範囲に限定したもので、技術・ノウハウ開示の対価である」と確認する条文を入れた修正版もありますが、代償措置がなく範囲も広い場合は、この一文だけで有効になるわけではありません。
施術写真とSNSアカウントの扱い
スタッフが撮った施術写真や、作ったデザイン・投稿の権利をどうするかも決めておきます。事務所が作成した契約では、業務で作った投稿・画像・動画の著作権(著作権法27条・28条の権利を含む)を店に帰属させ、著作者人格権を行使しないことを定めた例があります。一方で、スタッフ個人のアカウントに載せた施術写真を、契約終了後にどう扱うかは見落とされやすい点です。店の公式アカウントと個人アカウントの使い分けを、契約時に決めておきましょう。
なお、店と利用者が独立した関係にあるシェアサロンの契約では、反対に「成果物の著作権は利用者に帰属し、店が使うには事前の承諾が必要」としていました。働き方によって、帰属の決め方も変わります。
秘密保持契約(NDA)は、業務委託契約とは別に
業務委託のスタッフには、店の就業規則が及びません。契約書の秘密保持条項だけでは、対象となる情報が抽象的になりがちなため、別に誓約書や秘密保持契約を交わす意味があります。
- 秘密情報の例:お客様の来店履歴・施術記録、教育資料・マニュアル、価格政策、売上データ、SNSの運用状況
- 禁止行為の例:顧客情報のスクリーンショットをLINEで共有する、マニュアルを持ち帰って複製する、ビフォーアフター写真を無断で投稿する
- 契約終了時の返還・削除の対象に、スマートフォンの画像、LINE Keep、クラウドストレージを含める
- 求めに応じて消去したことの証明書を出してもらう
- 例外(公知の情報など)に当たることは、受け取った側が証明する
- 違約金を定める場合は、現実的な範囲の金額にする(高すぎると無効になりうる)
契約期間・解約・クレーム対応
- 契約期間は1年・自動更新とする例が多い(3か月ごとの更新・最大4回、とした初版を1年ごとの自動更新に改めた例もある)
- 任意解約の予告期間は30日前・60日前など。6か月以上継続する委託では、フリーランス法の解除・不更新の予告(原則30日前)と整合させる
- クレーム対応は段階的に:軽いクレームは注意・指導、同種のクレームが繰り返され改善しなければ解除、信用を大きく損なうおそれがあれば即時解除
- 定期的な技術・接客のチェックや賠償責任保険への加入は、指揮命令ではなく「取引の条件」として書く
- 講師向けの契約書を流用したため「登壇停止」という言葉が残っていた契約を、サロンスタッフ用として全面的に作り直しました。
- 業務委託でありながら報酬を「消費税込み」としていたものを、「消費税は別途加算」に改めました。
- 条文を挿入した結果、損害賠償の条項が二つになり、解除条項の中の条番号の参照も古い番号のまま残っていた例があります。条文を足し引きしたら、参照先をすべて確認します。
- 競業避止の期間を、依頼者が経営判断で決められるよう空欄にし、その代わりに範囲の考え方をご説明した例もあります。
よくあるご質問
ネイリストを業務委託で迎えるとき、最低限決めることは何ですか?
業務の範囲、報酬(売上の定義・料率・締め日と支払日)、材料費などの負担区分、予約の受け方と時間の決め方、お客様と顧客情報の帰属、契約期間と解約の予告期間です。フリーランス法による取引条件の明示にも対応しておきます。
業務委託のスタッフに出勤日を指定してもよいですか?
店が一方的に出勤日時を決めると、雇用と判断される要素になります。営業時間と予約状況を踏まえて、協議で決める形にするのが基本です。
辞めたスタッフがお客様を連れて行くのを防げますか?
顧客情報が店に帰属することと、契約終了後の勧誘・引き抜きの禁止を契約書に書いておくことが基本です。近隣での開業そのものを広く禁止する条項は、無効とされるおそれがあるため、範囲を控えめにします。
フリーランス法は小さなサロンにも関係ありますか?
個人のネイリストに業務を委託するなら関係します。取引条件の明示はすべての委託事業者の義務です。従業員を使用する店では、支払期日のルールや、6か月以上の委託での解約予告なども加わります。
秘密保持は業務委託契約書の条項だけでは足りませんか?
条項でも構いませんが、対象情報や禁止行為が抽象的になりがちです。LINEでの顧客情報の共有や写真の無断投稿など、サロンで実際に起きる行為まで具体的に書いた誓約書や秘密保持契約を、別に交わしておくと実効性が上がります。
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